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格安航空キャリアやインターネットの発展、加速するグローバル化。私たちを取り巻く環境はものすごいスピードで変化を遂げ、今や物理的にも心理的にも世界は遠いものではなくなりました。

その結果、自らのキャリアや人生に「海外」という選択肢を持つ人も増えて、海外就職やワーホリ、海外の大学に進学するといったムーブメントもずいぶん一般化されてきています。そんな海外を志向する若者たちと日々最前線で向き合うバギオの語学学校の日本人マネージャーはこうした風潮についてどう感じているのでしょうか?

「海外で働くということ」「今英語を学ぶ意味」「日本人が海外で生きるマインド」をテーマにBESAメンバーとバギオを舞台に対談してきました。この時代を生きるあなたにお届けします。

対談ゲスト

対談ゲスト
左から岩辺、西澤、金子、田島、光本(敬称略)

田島直人(A&J,BESA英語教育代表)
学生時代は演劇に没頭し、一時期芸能活動もこなす。5か月バギオに留学した自身の経験を活かし、現在はA&Jで日本人マネージャーとして体系的な英語の学び方を提案している。

 

西澤直秀(PINES,BESAマーケティング担当)
韓国の大学を卒業後、2年間の広告代理店勤務を経て、PINESでの留学後同校マネージャーに。堪能な韓国語で韓国人マネージャーとの橋渡し役を務めつつ生徒をサポートしている。

 

光本孝(JIC,BESAブランディング担当)
5年間勤務した会社を退職して3日後から6ヶ月間JICに留学。その後オーストラリアでのワーホリ、日本帰国を経て現在は日本人マネージャーとして留学生をサポートしている。

 

金子遼平(WALES,BESAフリー素材担当)
大学卒業後繊維メーカーに勤務。かねてより「海外で働きたい」という意志を持ち、WALESで英語を学びつつ日本人マネージャーとして活躍。

 

ファシリテーター:岩辺智博
フィルポータルの編集者・ライター。フィリピン(セブ)、インドでそれぞれ1ヶ月語学留学の経験あり。学生時代よりアジア・アフリカを中心に放浪。

バギオに至るバックグラウンド

バギオに至るバックグラウンド

岩辺「みなさん、日曜にもかかわらずお集まりいただきありがとうございます。今日はちょっと“日本人×海外就職”とか“日本人が英語を学ぶ意味”だとか若者の多くが実は気になってる部分について突っ込んで聞いていこうと思いますので、どうぞよろしくお願いします。」

一同「よろしくお願いします!」

きっかけは新婚旅行

岩辺「最初になんですけどみなさんのバックグラウンド、バギオにいらっしゃるまでの経緯についてお聞きしていきますね。では早速光本さんからよろしいですか?」

光本「はい。ぼくは大学を卒業して新卒で入社したドラッグストアで5年間勤務しましたね。元々全然海外志向ではありませんでしたね。とにかく働かなきゃって当時は思ってました。小売業ってあんまり休み取れないんですよ。連休も2日が精一杯。」

岩辺「そんな光本さんが今こうしてバギオで働いているというと、ターニングポイントはどこだったのでしょうか?」

光本「社会人3年目、26歳の時に私新婚旅行に行ったんですね。“元”嫁とですが…。ただその時に生まれてはじめて海外に行ったんですよ。ぼくはそのときも全然興味はなかったんですけど、彼女が元々旅行好きだったので。」

岩辺「どちらに行かれたんですか?」

光本「ハワイです。でもなんていうかすごい考え方や価値観が変わってしまいましたね。あ〜日本の外にもこんな広い世界があるんだなって思って、すごく楽しかったですね。その記憶がその後もずっと残ってて。
それから勤続5年目にかけて結局嫁とも別れることになって、すごく落ち込んだ時期もあったんですね。同時に会社も定年までいるつもりもなく、5年勤めて副店長になると決めていた目標を達成したので、“留学しよう、新しいことを始めよう”と、あの記憶を頼りに決心したんです。」

岩辺「なるほど!ちなみにハワイで具体的に一つ挙げるとすると何が光本さんにとって、印象深かったのでしょうか?」

光本「スケールがでかかったですね。なんていうか街を歩いているだけでもあんなに楽しかったことは今までにはなくて。すれ違うだけで見ず知らずの人と挨拶しながら笑いあえるというのが自分にはとても新しかったんです。」

岩辺「物理的なものに限らず、人との関わり合い方といった部分ですね。」

光本「はい。こんなコミュニケーションの形もあるんだなって思いましたね。」

インドネシアで友人のビジネスに加わる予定が…

岩辺「ありがとうございます!では西澤さんよろしいですか?」

西澤「はい。ぼくはさっと紹介しますね笑。まず高校を卒業して韓国の大学に入学しました。元々アメリカの大学に興味があったんですけど、大学は自分のお金でいかないと、と思っていたので韓国を選んだんです。現地の語学学校も含めて5年間で大学を卒業して、その後は日本のWEB系の広告代理店に入社しました。

広告の仕事なのでいろんな商品を扱っていたのですが、商品も本当にピンキリで…。本当に良いモノを売りたいなあ、なんて思っていた頃にインドネシアで働いていた友達から誘いがあって、そっちに移ろうと思ったんです。それでまずは英語を学ばないとな、と思ってバギオに来たのがきっかけです。なぜかその後インドネシアに行くことはありませんでしたが笑。」

若いうちに海外に行きたかった

岩辺「ありがとうございます!詳しくお聞きしたいことがいくつかありますが、次いきましょう。金子さん、お願いします!」

金子「ぼくは大学を卒業して1年半繊維のメーカーで働いていました。元々英語や海外というものに対して興味があって、会社に入るときの面接でもちょうど海外事業を一緒に進めていく人を探しているということだったので入社しました。

ただ、いざ入社してみると、海外支社がたたまれてしまったり、想像していたものとは違う部分も大きくて…。

それで1年半くらい働いて、若いうちに海外に行きたいという想いが強くなって、当初はオーストラリアにワーホリに行こうと思っていたんですけど授業料が3ヶ月で100万円くらいと知って、他に何か良い方法はないか、と調べていたときにフィリピンで英語を勉強しながらマネージャーをしてみるという今の選択を見つけました。」

芸能界、救急医療、さまざまな伏線を経て

岩辺「金子さんは直接マネージャーとしてWALESに加わったんですね。では田島さんはいかがですか?」

田島「3人の話を聞いていて、就活してないのぼくだけなんだなーって思いました笑。教員になろうと思って教育学部を出ましたが、結局学生の頃から続けていたお芝居の道に進むことに決めました。周りが教員や会社員になる中で、一人ちょっと外れた選択をしたわけですが、芸能界は一筋縄にはいかなくて、自分は生きていけないと感じて諦めました。

その後、学生時代から続けていた救急医療の夜間スタッフとして働くようになりました。そこで救急車や受け入れ、救急患者といった辺りの知識もついてきて、この道を進むのも面白いかなと思いました。

一人の看護師の方が国際緊急援助隊の医療スタッフとして紛争地にも何度か行っていて、調べてみると、この仕事の延長線上にJICAでの非医療スタッフなどの選択肢もあるんだなと知りました。ちょうど世界一周にも興味があって、色々考えていたときにフィリピン留学について知って、そこでやってきたのがバギオということになります。」

岩辺「なるほど。国際協力にも興味をお持ちだったんですね。」

田島「そうなんです。」

岩辺「ありがとうございます。では本題に入っていきたいと思います。」

一つの市場を任される

一つの市場を任される

岩辺「ここでは“日本人が海外で働く”ということに焦点をあててお話を聞かせていただきたいと思います。回答者は光本さん、金子さんで。では早速ですが、今バギオでそれぞれ語学学校のマネージャーをされていますが、ここに来るまでに描いていた“海外就職”と、実際に今日々働いてみてどんなギャップがありますか?」

金子「じゃあぼくからいきますね。」

岩辺「お願いします!金子さんは元々学生時代から海外就職についてのビジョンを描かれていたのかと思います。」

金子「本当に描いていただけですね、マジで笑。ギャップについてですよね?ぼく今回こうしてWALESでマネージャーをするにあたって、正直日本のアルバイトを英語でするだけだと思ってたんです。あくまでステップとして。

で、実際そろそろ1年が経つわけですが、半年過ぎたあたりから日本という一つのマーケットをそのまま任されて、もちろんその部分は日本語で対応します。マーケティングについての知識などもほとんどなく、語学以前に仕事内容がはじめてのことばかりでしたね。

社内で何かを伝えたり、企画書を作るときには、日本人は他に誰もいないのでもちろんすべて英語です。何より、日本で働いていたときには2000人規模の会社で1人の従業員だったのが、今では10人以下のうちの1人ということで全く責任感が違いますね。」

岩辺「会社に対して、自分の任されている部分がはっきり見えるイメージですね。」

金子「そうですね。もちろん学校で生徒のサポートやイベントの企画・進行もしつつ日本という一つの市場にも対応していかないといけないので、良い意味で想像していたものとは全然違いました。軽い気持ちで来ていた分ハードでしたね笑。」

岩辺「ありがとうございます笑。ではこの質問に対して光本さんはいかがですか?光本さんは元々海外というビジョンはなかったとおっしゃっていましたね。」

光本「ぼくは一度JICで留学した後にオーストラリアでワーキングホリデーをしてきたんです。ぼくの場合は金子くんと逆でオーストラリアでもバリバリ働けるのかなって想像してました。日本で5年間社会人もしていたのでそういったものを期待していたんですけど、事前に全然調べていなかったからか想像とは全然違うな、と感じてすぐ日本に帰ってしまいました。

それで日本にいたときに前任のマネージャーの話を聞いて、もう一度バギオに戻ろうと決めたんです。ただ語学学校のマネージャーなのでものすごく流暢に英語を話せないといけないのかなと思っていました。けど、こちらも少し想像と違っていましたね。」

岩辺「というと?」

光本「国によると思うんですけど、アジアの場合はそこまで英語がしっかりできる人間じゃないといけないかっていうよりは、一つの人間としての器なんじゃないかなと。国籍関係なく、人の中に入っていく能力と言いますか。このあたりはこっちに来て特に思いますね。」

岩辺「それは確かにありますね。」

光本「今こっちにいると自分が本当に必要とされているのだろうか?ということを常々意識しています。そういう意味でも自分がここにいるぞ!という何か結果を残さないとまずいな、と。」

岩辺「プレッシャーはやはり感じていますか?」

光本「そうですね。プレッシャーには間違いありませんが、同時にそれがとても楽しいんです。仕事に取り組む励みになっています。日本にいるときって仕事にいけば、誰かが用意してくれていたりして、既にやることがあって当たり前という状況だと思うんです。」

岩辺「確かにその部分はとても共感します。ルーティンで当然これはするものなんだっていう。」

光本「こっちはちょっと違うんですよね。自分で作らないとっていう。日本の一般企業だとなかなか経験できない部分なんじゃないでしょうか。日本人が英語で行き詰まる要因もここにあると思います。つくる力。生む力。そういうところを導きだせるようにしていきたいとは常に考えています。」

岩辺「ありがとうございます。」

マニュアルはない。仕事は自分でつくるもの

マニュアルはない。仕事は自分でつくるもの

岩辺「では次に今仕事は楽しいですか?と単純に聞こうかと思っていましたが、既に問答無用かと思いますので次にいきますね笑。こちらもすでに部分的に答えが出ていたかなと思いますが、具体的に日本で働くのとどう違いますか?光本さんからよろしいですか?」

光本「はい。ぼくの場合はとにかく指示がないということですね。」

岩辺「指示がない。マニュアルなどはありましたか?」

光本「いや、ないですよ。でも日本にいたときはマニュアルもそうですし、毎日決まった確認事項が本当に多くて。これ必要あるかなと思いながらしていましたね。我ながら仕事は完璧にやりたいという主義だったのですが、そのときはルーティンでいかにサボるかということを考えてしまう部分はありましたね。

あと職場の人たちもみんながみんな向上心を持って仕事をしているわけではありませんでした。そういう部分に少しがっかりしていたところはあります。逆にこっちではみんな成長したいと思って仕事をしていたり、生徒も頑張っているので以前の環境とは明らかに違いますね。」

岩辺「職場の空気感も顕著でしょうね。では金子さんはいかがですか?」

金子「ぼくもまさに今孝さんが言ったとおりで、“自分で仕事をつくる”っていう部分が全く違うと感じています。」

岩辺「指示されることや既存の仕事という部分ですね。」

金子「はい。日本にいた頃は、先代の担当者の仕事をそのまま受け継いでそれをこなしていくという1年半でした。それがここでは社長のすぐ下に自分という立場なので、常に自分で考えて、しかもそれを英語で伝える。どんな方法が一番良いか、そういったものをゼロからつくれるというところです。」

自分を持っていないことが露骨に自分の首を絞める

自分を持っていないことが露骨に自分の首を絞める

岩辺「ではこのトピックの締めくくりになりますが、近年特に“海外就職”という言葉がクローズアップされることが増えているかと思います。憧れている方や検討している方も多いと思いますが、若者が海外で働くメリットやデメリットというとどんなことが考えられますか?金子さんお願いします。」

金子「ぼくにとってのメリットは壁がすごく多いことですね。ちょっとデメリットに聞こえるかもしれませんが、前例のないものをゼロからつくることに対して当然毎度壁にぶち当たりますし、それでもそこから学んでテストをしながら進めていけることは海外ならではじゃないかなと思います。」

岩辺「トライアンドエラーの連続ですね。」

金子「そうですね。逆にデメリットは、自分を持っていないとそれが露骨に自分の首を絞めると思っています。今まさにぼくも苦しんでいるところです。先ほどもお話しましたが、日本ではある程度用意された仕事を人に倣って進めていくので、それをこなしていけば一応道はあると思います。

ただ、海外でこうして責任ある立場で仕事をするとなると、もしも何も結果を出せなかったときに残るものが何もないということです。例えば3年間続けて何もできなかったときには次に移る道が限りなく厳しくなるということです。

なので自分を見つめ直しつつも会社を見ていかないといけないですね。」

岩辺「ぼくも日々近いことを感じながら仕事をしているのですごくわかります。では光本さんはいかがですか?」

光本「メリットは国籍関係なく働けるということで、ある意味“本当の自分”というものが見えるということに尽きます。また自分が当然と思ってきたことが、これまた当たり前のように拒否されたりするんです笑。

背景の違う人たちの中に入っていくということは柔軟になれるということでもあります。ただ難しいのは、だからと言って何も発言しなければそこにいる意味がなくなってしまう。先ほども言った部分ですね。

そういう中で“これならどうだ”という落とし所を考えて、発言して、お互いがそういった意見を言い合うことで面白いアイデアやチャンスが生まれたりします。そういう部分が面白いなあと思います。」

岩辺「意外とそうやって外に出たからこそ“常識”という皮みたいなのが剥がれるというか、裸の自分で周りに対峙できるところはありますよね!」

光本「そうなんです。デメリットは言葉・文化の壁と関係しますが、やっぱり日本人がいないということですね笑。やはり、何か問題にぶち当たったときに日本人ならではのニュアンスに起因した問題もあると思うんです。そんなとき周りに日本人がいないと辛いと思うこともありますね。なのでバギオではこうしてBESAという語学学校のマネージャーのつながりがあるので助かってますね。」

岩辺「確かに、世界というフレームのない場所に出て行くと意外と特異な部分も自覚しますね笑。では次は“英語を学ぶこと”にお話を移していきましょう。」

Vol.1のまとめ

Vol.1のまとめ
Vol.1では海外就職をテーマにお話を伺いました。社会人を5年間経験し、もともと海外に関心のなかった光本さんと、大学時代から自身のキャリアプランに海外での活躍を描いていた金子さん。それぞれ境遇は違いながら、日本との違いに苦しみながらも、やりがいと向上心を持って取り組む日々の仕事は楽しいという言葉が印象的でした。

「自分の仕事をゼロからつくること」

責任を背負いながら楽しむ自由。これが次章以降もキーワードとなります。

自分をさらけ出して海外を楽しめ【BESA×フィルポータル上裸対談〜第3話〜】

撮影地:バーハム公園(Burnham Park)/バギオ

インタビューと社会派コラムを担当するライターです。いろんな場所に行って、たくさんの人と話して、その声を代弁できる情報屋でありたいと思っています。個人ブログ(さぐりさぐり、めぐりめぐり)で紀行文・コラムも書いてます。 Phil Portal全員のメンバー紹介ページはこちら

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