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近年語学留学で脚光を浴びるフィリピンですが、そんなフィリピン・バギオに20年間暮らしているCGN代表の反町眞理子さん。前編では“イレギュラーな”人生とCGN(コーディリエラ・グリーン・ネットワーク)のコンセプトなどをお話していただきました。

実際に暮しているから見える世界、そしてそこにある問題に挑戦し続ける行動力…。そこまで彼女を突き動かす原動力とは一体何なのでしょうか?後編ではそんな反町さんの生き方の核部分に迫ります。

フィリピンから見る日本の現在地

フィリピンから見る日本の現在地
— CGNでは環境教育に力を入れられていますが、日本でも田舎に移住する人が増えていますね。

田舎には田舎の豊かさがありますからね。フィリピンでも、先住民族の文化に興味があるという人も以前に比べて明らかに増えました。日本全体で見ても目指す所が行き詰っているからではないかなと思います。私は20年前にバギオに移住し、山岳地方の村々を訪問し始めたころから、先住民族の暮らしや伝統文化にすっかり魅せられてしまいました。日本人がフィリピンの山の中、先住民族の暮らしに学ぶ所がたくさんあると思ったのです。

フィリピンだけでなく、アジアの国々で仕事をしたり、語学を勉強するために滞在することは大変、貴重な経験だと思います。バギオ市は先住民族の暮らすコーディリエラ山岳地方の玄関口でもあります。山岳地方にはたくさんの民族が暮らしているのですが、バギオはそれらの多様な民族の人たちが入り混じって暮らしているところでもあります。語学学校の先生たちにも先住民族出身の先生がたくさんいて、みなとても優秀なんですよ。英語だけでなく、多様な文化や暮らしを知ることができるのが、バギオ滞在の大きな魅力だと私は思っています。

— そうですね。英語を使って学べる素材の多い場所なように思えます。

フィリピン人の中には「日本は良いよね、豊かで」なんて言う人も多いですよね。私も「テクノロジーの国でお金はいっぱいあるのに何であなたはここに住んでるの?」と日本の人にもフィリピンの人にもずっと聞かれてきました。

この5年くらいの間に、バギオの日本人の数はどんどん増えています。原発事故以降、どこか日本の政治や暮らしがおかしいのではないかと疑問を抱いて、外の世界をのぞきに来た人も多くいます。可能性のない日本よりも、アジアの方が良いんじゃないか、自分にも居場所が見つかるんじゃないかって。

そうした場合にも少なくとも何のスキルもないけど英語ができたらなんとかなるんじゃないかという考えでは甘いと思います。日本人がアジアで1番偉いと思っているのは残念ながら一部の日本人だけです。フィリピンだけでなくアジアの新興国には本当に優秀な人材がどんどん育ってきていると思います。

— 確かにアジアに出てみると教育の機会を掴んだ若者・学生は本当に聡明だと思います。

そうでしょう?幼稚園から教育が英語で行われているので、フィリピンの人は英語を使って世界で勝負できるわけですから。英語を学びに来る日本の人も、自分が持っている能力や技術などを活かせる場がないのかもバギオ滞在中にさがしてみたらどうでしょうか? そういう目で見ると学んだ英語が活かせるビジネスチャンスがたくさん見えてくると思います。

— 大事なのは、英語で言える意見があるかどうか、の部分ですね。

日本の人を山岳地方の村に連れていくとお金を持たなくても幸せに暮らしているように見えるかもしれません。

でも実際には彼らもお金は欲しい。携帯電話で離れ離れの家族と連絡を取りたいだろうし。美味しいご飯も食べに行きたいし、もしかしたらパソコンだって欲しいかもしれない。

私はだからといって日本のようにならなくても良いと思っています。でも同時に「あなたたちはこのままでいい」とも言えないわけです。

手作りでとても素敵な木の家を作る人だって、壊れにくいコンクリートの大きな家を建てたい。それは仕方ないことですね。

無いものではなく、持っているものを数える

無いものではなく、持っているものを数える
— どこに行っても無いものねだりは人の性ですね。

環境教育でいつも言っているのは「変わり方を考えましょう」ということ。ゆっくり変われば良いんです。持っていないものを挙げたらキリがないです。

でも実は無いものを数えるのではなく、持っているものを数えたらずっと豊かなんです。山岳地方の村には自然があるでしょ。さっきも言いましたけど泥の色だって私たちよりもたくさん知っています。

絵の具がないから絵が描けませんと学校の先生は言います。でも全ての材料を自分たちの周りにあるもので作る力がここにはあるんですよ。洋服を作るにしても木の皮から糸を作って、それを自分で作った道具で手織りする伝統技術も昔はありました。さすがにそこまでする人はごくわずかになっていますが、今でもかごを竹から編んだり、山仕事に使うナタやナイフを自分で作ったりという技術を持っている人はいます。つまり生活に必要なものは何もかも自然の中にあるものから手作りすることができるのです。豊かだと思いませんか?

— そうですよね。身のまわりにコンビニがあって24時間欲しいものが手に入るのは便利ですけど、そこにある商品がどうやって作られたのか、どこから来たのか、というプロセスがわからないのはどこか不気味なものがあります。ブラックボックスだらけで「あれ?どうやって生きているんだろう…」と思うことも時々ありますね。
そういう意味ではフィリピンで採ったバナナをその場で食べる経験などは本当に気持ちよかったですね。物事がシンプルに頭の中で完結する感じ。

そうでしょ笑。

すべてを受け入れる器のある国

すべてを受け入れる器のある国
— では反町さんがフィリピンに来て「これは良かったな」と特に思っていることは何ですか?

私たちの世代というのはちょうど男女雇用平等法が始まって2年目くらいで仕事も選べたし、女性でも総合職に就いちゃって結婚できなかった人が多いんです。子供がいない人も周りにいっぱいいますね。会社や社会で認められるためにすごい頑張っちゃったんです。

私も日本にいたら確実にその道だったと思います。だからこそ、家族を大事にするこの国に来て本当に良かったと思っています。女性が子供を育てながら働くのもフィリピンでは当たり前です。子供を3人も持つなんて日本にいたらあり得なかったと思います。

— なるほど。フィリピンに来なかったら全く違った生き方をしていたでしょうね。

フィリピンの一番いいのは、はなっから人は一人ずつ違うのだということが、育ってきた環境の中でみんなわかっていること。「同じ」であることがいいことだなんて思っていないし、「同じ」でありたいとも思わない。自分と隣の人を比べないし、どっちが上かなんて思わないのだと思います。言葉が違って顔の色が違って、貧富の差があって当たり前なのです。

だけどそれで貧しいからだめ、ではない。違う言葉を話すから排除するわけでもない。すべてを受け入れる懐がフィリピンにはあると思うんです。

— ものさしが一つでないことというのはそれぞれの豊かさを追求する上で大切ですね。では常に問題に働きかけている反町さんが意識していることはどんなことですか?

私はとりあえず精一杯今ある状況を良くしようと思って、いろいろ動いているのだと思います。人のためになっているという感じが好きなのだと思います。でも、自分のことも同時に考えないといけませんね。自分や自分の家族が幸せでなければ、人を幸せにすることなんてできませんからね。

また、インターネットで世界が瞬時につながっている今の時代には、世界で起こっていることを深く知ることもできます。自分のこと、自分の身近な人のこと、自分が住んでいる地域の事、そしてもっと大きな視点で世界や地球のことも同時に考えて行動することが必要だと思います。私はCGNで代表をしていますが、フィリピン人スタッフの仕事の仕方など細かいことは全然気になりません。向いている方向さえ間違っていなければね。やり方が違うのは当たり前ですから。

— 緩やかに結びついていくだろうっていう。

同じ方向を向いていればね。どうやって生きていくかを選択する時、その選択した先が、自分と自分が暮らす地域の人と世界の人にとっていい方向に向いているかどうかで決断すればいいともいます。どれか一つをおろそかにしてもいけないと思います。

科学者は別に原発を作りたかったわけではなかったはず。世の中が良くなるようにって作ったら結果的に今みたいになってしまったわけです。自分のしていることを時々振り返ることも必要ですね。あれ、違ったかな? と気づいたら方向修正すればいいのです。取り返しのつかないなんてことは、ほとんどありません。やり直しは何度でもききますよ。いろんな立場の人たちがいろんな分野でベクトル同じ方向に向けたら世の中は良くなると思っています。

どうやって次の世代に引き継いでいくか

どうやって締めていくか
— では今現在反町さんの頭の中にあるのはどういったことでしょう?

非営利のNGOとしての課題はつねにファンドレイジングですね。日本の法人でないこともあって、資金を簡単に調達できないところがあります。せっせと助成申請書を書いて資金調達をしていますが、助成金に頼らず自立したいという気持ちがずっとあります。

安定した資金を得て、運営をフィリピン人スタッフに引き渡して、引退したいわけです。これ今の夢ですね笑。

— なるほど笑。では今後は「どうやって引き継いでいくか」といったことにフォーカスされていくということですね。

そうですね。子供達はここで生まれ育って良かったと思いますけど、みんなもう外に出ていきたいみたいです。海外に。長男は日本が好きだから日本の大学に通っています。次男も下の子も海外に行きたいと言っていますね。

私も日本を飛び出てバギオに生きる場所を見つけたわけで、子供たちもまた一番自分の居心地のいい場所を探しに飛び立っていく時期なのですね。私としては、一人になってもここで生きていくか、一人になって何ができるか?を考えていく時期に来ています。

— また、人生の新しいステージに向かっているわけですね。

シェア&ゲストハウスTALAを2012年に始めたのも、私の中では新しいステップです。海外に活躍の場を求め英語を学びに来る人がバギオに増えてくる中で、せっかくのフィリピン滞在期間中に多様な人や文化、暮らしとの出会いを提供できたらいいなと思いました。

フィリピンの人のことばかり考えてNGO活動を続けてきましたが、ここにきて私のバギオや山岳地方での経験や情報を日本の若者たちにシェアできたらいいなと思って始めたスペースなのです。

人生への向き合い方

人生への向き合い方
— なるほど。ちょうどバギオに日本の若い世代が多くなってきたというタイミングとこれまでの活動がここで結びつくわけですね。手掛けてきたCGNとの関わり方にも変化はありましたか?

いつでもまた別の好きなことを始められるように、あるいは好きな場所にいけるように、CGNの仕事もTALAの仕事もどうしてもしないといけないこと以外は全部スタッフに任せることにしています。時々質問しますけど、基本的に運営も全部任せています。

元々技術もないし企画を考えて、いろいろな人を結び付けたりするコーディネイトみたいなことをしていただけなので笑。あんまり頑張りすぎない。楽しみながらなんでもやる。楽しくないことは楽しくできるようにやり方を変えたり、見方を変えたりしてみる。これが私のこれからのスタンスですね。ぐうたらです。

— 最後に何かぼくたち世代の読者の皆様に向けてアドバイスがありましたらお願いします。

「人生が1日1日の積み重ねだってわかっていたら、もうちょっと良い感じに生きられたかもしれない」と50代に入ってちょっと人生のことわかった気になってきた周りの人が最近言います。

私が一つ言えるのは「適当にやっちゃだめ。なんでも。」ということ。何一つ無駄なことなんてないです。

こうやって人と知り合って、一生懸命話したことも全部引き出しになるから。でもこれいい加減に話していたら、私のためにもあなたのためにもならないでしょ。

— 間違いないですね。

ということです!

— ありがとうございました。ではインタビューは以上となります。

インタビュー後記

インタビュー後記
リーダーであり、家庭では母親でもある反町さん。常に人を惹きつけるその求心力と数々の事業を手掛けるリーダーとしての推進力は絶えず人のことを考える寛大な人柄あってのものだと思います。「好きでやってるから疲れないのよ」と言う反町さんの表情が忘れられないインタビューとなりました。

「無駄なことなんて何一つない」「ゆっくり変わっていけばいいから」というメッセージ。結果をすぐに求めすぎてしまっていませんか?ゆっくりでいいです。目の前のことをいつもより少し大切にしてみてはいかがでしょうか?

CGNより
反町さんが代表を務めるCGNではインターンスタッフを随時募集しています。興味のある方はお問い合わせからどうぞ。

インタビューと社会派コラムを担当するライターです。いろんな場所に行って、たくさんの人と話して、その声を代弁できる情報屋でありたいと思っています。個人ブログ(さぐりさぐり、めぐりめぐり)で紀行文・コラムも書いてます。 Phil Portal全員のメンバー紹介ページはこちら

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